• 吉岡徹

形態の基礎理論・・錯視(幾何学的錯視)

錯視 形態の弁別は過去の経験や暗示によって、主観的に判断される。この判断が客観的事実に相応しないで、知覚することを錯覚(illusion)と言う。錯覚は視、聴、臭、味、触の五感で感じるが、中でも視覚、聴覚についての場合が多い。錯覚現象の中で、視覚に関わる場合に特に錯視(optical illusion)と言う。  我々の視点は常に一定に固定せず、絶えず細かく揺れ動いていて、対象の微細な変化を見極める力となっている反面、周囲の状況によって誤った知覚を受けやすい。例えば片方の目だけで見たり、隙間から見たりしたときには錯覚が生じやすい。しかし、これらの特殊な観察状態をやめれば瞬時にして、それらの錯覚現象が消える。錯視の原因は、外部刺激や対象に関わる物理的錯視、感覚器官に関わる感覚的視覚錯視(または生理的錯視)、知覚中枢に関わる心理的錯視が考えられる。心理的錯視の場合は病的条件や精神的変動に影響されやすいが、感覚的錯視は常態的に現れる現象であり、一般的に錯視現象のことである。  錯視には、図形の大きさ、方向、角度に関する幾何学的錯視(geometrical optical illusion)、同一図形が見方により異なって知覚される反転錯視(reversible illusion)、色の対比現象に関する対比錯視(contrast illusion)、月や太陽が水平線、地平線近くでは大きく、天頂に位置するときには小さく見える月の錯視(moon illusion)、対象が静止しているのに動いて見えたり、動いているのに静止して見える運動の錯視(illusion of motion and movement)などがある。なお、精神的な妄想など刺激や対象がないのに生じる場合は幻想(hallucination)といい、錯覚現象の領域には入らない。

幾何学的錯視(geometrical optical illusion) (1)角度または方向の錯視  線の位置や角度、または交差によって角度や方向が異なって見える時がある。特に鋭角の傍に配置された場合には、その空間や鈍角は過大視される。

図2-108aは鋭角的に交差されたA、Bの2本の直線において、Aの延長線上にある直線Cが角の内側にあるように感じる。図bにおいて、5本の折れた線分の中央の部分は実際には平行であるが、多くの観察者は第2,第4の線分が第1,第3、第5の線分より立って見える。図cは、長方形に中断されている各の右下の斜線は下方にずれて見えるが、実際には同一直線を構成する。図dの3本の線では(ⅰ)が一番長く感じ、(ⅲ)が一番短く見える。図eにおいては90度の直角に比べて、他の角度が直角とはっきり区別できる。しかし、図fのように斜めに置いたときには、角度の差の判別が難しくなる。四角形でも位置の変化により、その差の見極めが難しくなる。図gにおいて、四角形(ⅱ)の方が(ⅲ)よりも(ⅰ)に似た形に見え

るが、図hのように斜めに位置を変えると、今度は(ⅲ)の方が(ⅰ)によく似る。図iにおいて、黒の小片で挟まれた中央の直線は枠組みの上下と平行であるにもかかわらず傾いて見える。図j(ⅰ)と(ⅱ)の中央の角度は等しいのに(ⅱ)の方が大きく感じる。図kは縦に配列された直線は平行であるのに、斜線により、中央部分が膨らんで見える。図lも平行に配列された直線が傾いて感じる。

直線・曲線の彎曲錯視 人間の眼は方向転換するのに、ある程度の努力が必要である。それは形象全体が鈍角の方が眼の転移の方向性と可動性において優位となり、視野の軸は鋭角を捉えやすい。そのため直線や曲線が彎曲したものとして見えることになる。古代ギリシャでは建築の柱身の輪郭を垂直でなく、外方は軽微な曲線を施し、視力矯正を行っている。これはエンタシス(entasis、張り、緊張という意味でギリシャ語から由来)といい、外見上の彎曲を補正するものでローマ、ロマネスクル、ネサンス、バロックを始め、日本の法隆寺の中門・塔・廻廊の柱などにも使われた方法である。

2本の平行した直線が図2-109aでは凹み、bでは膨らんで見える。図cは正方形の右上の角が直角なのに鋭角に見えたり、図dでは正円が卵形に、図eは正方形が彎曲して、図fは正方形の各辺と2本の直線が歪んで平行に感じる感じない。図 2・110aの(ⅰ)と(ⅱ)の各同心円の中間に置かれた円弧は等しい形であるにもかかわらず、図(ⅰ)の方が彎曲して見える。図bは同一円弧であるにもかかわらず、上の円弧は強く彎曲して見える。

長さ・距離の錯視 人間の眼は対象の幅と高さを測る場合、幅の方をより正確に目測する。それは歴史的に蓄積された経験とともに両眼が横に並列しているためである。我々が対象を目測する場合、眼の筋肉の度合いが距離の目安となるが、それは水平方向よりも垂直の方がより緊張する。その緊張の度合いの差が水平線より垂直線を過大視し、錯視が生じることになる。例えば、同じ長さの水平・垂直の線は異なった長さに見える(図2-111)。

垂直線を目分量で2等分するように印することは水平線のそれを求めることよりもよりも、はるかに難しい。垂直・水平錯視(ver-tical horizontal illusion)の例を上げると、図2.112の(ⅰ)、(ⅱ)、(ⅲ)において、線が描きこまれた部分は、描き込んでいない部分より長く見える(分割距離錯視、illusion of interrupted distance)、

また同大の図形が異なって見える(図2.113、図2.114)、図2.115(ⅰ)、(ⅱ)は矢印間に挟まれた直線(主線)は客観的に等しいのに、(ⅰ)は過大視、(ⅱ)は過少視される。図2・116(ⅰ)の平行線a,bは等しい長さであるのに、aの方が長く見え、図(ⅱ)は、垂直線a,bではbのほうが長く感じる。図(ⅲ)の線分abとbcではabの方が長、図(ⅳ)では長さの等しい中央の白い帯はaの方が長く見える。図(ⅴ)は、右側の人ほど大きく感じる。 大きさの錯視 錯視現象は全体から部分、部分から全体を判断する時にも生じ、一方が小さいと小さいほうの各部分はより小さく、大きい方はあらゆる部分が大きく感じられる(対比の法則)。

図2・117において2つの円は鋭角に近い方が大きく感じる(図a)。中央の同じ大きさの黒い円は周囲の異なった円の大きさに影響され、その大きさが違って見える(図b)。同様の現象が図c、図d、図e、図fにも生じている。数字の8の英字のSの上部分分は縮小して全体のバランスをとっているが(図g)、大きさの錯視はレタリング・デザインの形成にはその関わりも大きい。