• 吉岡徹

形態的基礎理論・・観念的形態・・幾何学的形態

幾何学的形態

 古代エジプトでは、その源をアフリカの奥地に発しているナイル川が、雨季の訪れとともに大量の水と土壌で定期的に洪水を起こし、人々の生活を脅かした。この洪水により上流の肥えた土壌が運搬される事で、農業に最適な肥沃な土地が形成され、人々の生活は豊かになり、人々が集まり、エジプト文化が盛えた。しかし、氾濫による被害は人々にとって深刻なもので、田畑の境界線の消滅は、支配者の経済上の大打撃を生んだ。そこで彼らはその被害の状況を算定し、農民たちに田畑の区画を割出させた。それは歴の計算、土地測量の実施にと数学が応用され、幾何学の繁栄となり、測量専門の技師の誕生となった。

 

 エジプトの測量技師達は土地の測量に縄を用いて直線を引いた。それは適当な長さの縄に等間隔の結び目をつくり、最初と最後を結び、輪にして1つ目の結び目と、4つ目の結び目と8つ目の結び目をもって張り、



図2・3のように3:4:5の三角形を作り直角を求め(ピタゴラスの定理)、パピルスという葦による一種の紙に記録した。これら幾何学の研究はピラミッドの設計に使われ、その底面の各辺が正しく東西南北に向いた正方形の正四角錐に設計がなされた。このエジプトに似たメソポタミアも土地が豊かで気候が良く、交通や商業が発展した。


この両文化は10進法を用いていたが、バビロニア人は60進法も用い、3辺の長さが3:4:5の比が三角形を形成、3:4の辺の愛だが直角である事を知り、エジプト同様に幾何学が盛え、建築に応用した。

 

古代ギリシアの幾何学は数学者タレス(Thales)によってはじめて研究され、ピタゴラス(Py-thagoras)と、その一派により発展した。ピタゴラス学派はエジプト人の知っていた正四面体、正六面体、正八面体の他に正十二面体、正二十面体を発見し、正多面体がこの5種類に限ると証明した。また、同形同大の正多面形のタイルを隙間なく床に弾き詰めるのは、正三角形、正四角形、正六角形に限る事を発見した。(図2・5)

エジプトで生まれた文化はギリシアで発展し、再びエジプトに戻って栄え、アルキメデスの円、球、.円錐の研究、アポロ二ウスの円錐曲線、プラトンの影響を受けたユークリッドによる、幾何学の体系化などがされた。

 時代の返還ともに発展していく、機械や科学の中で新しい美を求めながらも従来の具象的表現法から脱出し得なかった造形の領域も幾何学形態の美を数学の導入により発展、それがジェオメトリック・アート(geometric art)の出現となった。

 数学と芸術とは従来、かけ離れたもので前者が純粋の知的思考で感情や情緒の入り込む余地がなく、後者は感情や情緒の所産という考え方であったが、デザイン、特に建築や工業デザインにおいては、構造上の合理性という点から、両者の知識は必要不可欠のものである。ヴィジュアル・デザインでは、数学的算出による形態自体が情緒の表現となり得て、構造計算や統計などの「実」的面を離れて、数的秩序に観念的な美の追及が考えられる。それは自然的形態を求めると同じように、数学を造形の世界に求める事は「異」なことではない。これは過去の具象的表現芸術にとらわれない数学的形態が表現されたものが増えることは否定できない。それは時代と共に発展する科学、経済と共に社会の多様な様相が答えるものである。かつて比例と構造の理論化を一義として寺院や都市を建設したイタリア・ルネッサンスにはじまる実用幾何学は19世紀のセセッション派、20世紀の構成主義の運動に結びつき、レイ(M Ray)、ビル(M Bill)、ピアソン(C.Peason)、パルデサリ(L.Baldessari)、カンペデリ(L.Campedelli)、ガボ(N.Gabo)、ぺヴスナ―(N.Pevesner)、エル二(H.Erni)などの芸術家を生んだが、その造形活動の延長線は将来にわたって、より拡大発展するだろう。